フジワークが考える女性の地位

M.fuji・・・・・かつて私たちは、歴史の進歩につれて女性の地位も高くなると教えられ、それを信じていたわけですけれども、必ずしもそうではないのですね。


どこの世界でも、産業革命までは暮しの場が生産の場でもあったわけで、従って女も、子産み子育てをしながらそれなりの生.産の役割りを担うことができた。


ところが工業化社会になると、勤めに出て給料をとらなければ労働力とみなされないわけですから、女は生産から疎外されてしまった。


平井・・・・・それと、なぜ産業祉会の側からみて、性差別がメリットなのかということですが、結局効率第一ということを考えれば、女性にとって出産と育児が非常にハンディになるわけです。


そういう労働力に投資するのは、デメリットなわけですね。


M.fuji・・・・・そうですね。


平井・・・・・ですから教育も効率第一で考えれば、うんと小さい時から男女を分けて教育した方が教育効果としても非常にメリットが高いわけです。


その上、性別によって、男女の役割を分けてしまうやり方は、この他にも現代の産業祉会に多くメリットをもたらしていると思います。


たとえば、男の側から見てみましても、現在の管理体制の中で非常に労働疎外が強い。


普通だったら本当にいやになってやめてしまいたいということがあるわけですよ。


M.fuji・・・・・ええ。


そういう不満とか疎外感とかを全部家庭で解消するということになっているわけです。


だから「期待される人間像」など見ると、実に見事にそういう期待を書いてますでしょう。


いわゆる憩いの場を作るという形ですね。

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