女の地位の変遷

平井・・・・・そうですね。


だからそういう母親のあり方みたいなものを見てまいりますと、明らかに変わってくるのは、明治三一年の民法を契機としてなんですね。


その頃までは、今言った形態があるんです。


いわゆる塀々の力というのは大変強いんです。


東北などでも、しやもじ渡しの式があるわけですが、あれは一家の中に主婦が一人しかいないというシステムなんです。


ですからお嫁さんは初め娚と呼ばれているんですけど、5~6年経って子どもでも産まれると、お姑さんがしやもじを全部渡して、癖々に昇格させ、自分は隠居するんです。



M.fuji・・・・・ええ。


平井・・・・・主婦権が非常に強い。


母親権も強いですね。


農村地帯だけでなくて、船場などでもそうですね。


言ってみれば、御寮人はんの力はものすごく強くて、労務管理までやっているわけですから。


仕着せから渉外から全部、御寮人はんの采配になっていたんです。



M.fuji・・・・・はい。


平井・・・・・そしておまけに姉家督なんですね、全部婿とりで、従業員の中で一番優秀な人が娘と一緒になって血統を継ぐという、非常に合理的なあり方をしてますから、名実共に強いんですね。


そういうものは、本当は目本の庶民の家庭文化だったと思うんです。


それがなぜ変わったかというと、明治三年の民法で、典型的なパターンとされたのが武士家庭ですね。


M.fuji・・・・・それまでは、庶民のレベルでは、そういう母親権とか女の権利とかがあったのに、全部武士のモラルと制度が庶民にまで貫徹されてしまったということですね。


平井・・・・・そうです。

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