政府の支配階級(by M.fuji)

平井・・・・・あの時点での、政府の支配階級は圧倒的に士族であって、しかも学者も全部士族であった。


あの時にはっきり言ってますね。


「庶民の慣、習は慣習にあらず」と。


そこでバサッと切り捨ててしまって、自分たちの育った環境の中での、男尊女卑、総領相続をモデルとする。


これは当然なんです。


M.fuji・・・・・はい。



平井・・・・・武士は戦争屋ですから、代々の禄高、家禄は全部、武士の戦争による働きの上にもらっているわけですので。


女は戦争に行けませんから、全くの消費担当者ですね。


そういう女の立場と、生産労働に直接タッチしていた女というのでは、全く異質なんですね。


それを少数のいわゆる士族の女の生き方というものを、全部法律で決めて、一般庶民にも及ぼしたわけです。


そして今度は、それに基いて教育をやる。


M.fuji・・・・・おまけに明治以後の日本というのは、中央集権化が強いですから、一つの価値観が決まると、末端まで全部組織化されてしまい、別の価値観や別の生活習慣が生き残る余地が非常に少ない。


だから沖縄などに行くと、まだそれが残っているという形になるわけですね。


平井・・・・・離島とか。


明治の教育改革で日本の教育が非常に徹底してしまったということが、ある意味では、逆に意識変革に役に立ってしまったんです。


なぜなら、江戸時代は非常に封建制が強いと思うんですけれども、それほど中央集権ではなく、地方分権でしょう。


しかもそんなに地方集権的な教育をしていないから、農村地帯ではもちろん搾取はあったんですけれども、結婚の形態などはかなり自由恋愛がありますし、町民の暮しなどもそういう意味で自由ですね。


だけど、中央集権で文部省ができて、バシバシっとやられて、もう小さい時から良妻賢母という形になってしまった。


それからもう一つは、何でも多数につきたいという国民性なんでしょうかね。


ある価値観ができてしまうと、なだれ現象で、画一化してしまいます。

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