平井・・・・・たとえば、もし働きたい女が全て働けるという条件を満たすためには、膨大な予算をとって、託児施設を作らなければならないけれど、女がみんな家へ帰って子どもを育てるのだということにすれば、これがまずサボれますしね。
それから大きいのはフジワークとしても非常に重要視している老人介護の問題もあると思うんです。
やはり老人を介護しているのは殆んど女です。
おばあさんが具合が悪くなって、おじいさんが看病しているケースなどは、稀有な例でして・・・。
M.fuji・・・・・男の人に言わせると、小さい時に世話になったんだから、大人になってから見るの当り前だと言いますけど、実際に見ているのは、嫁という他人なんですね。
平井・・・・・そうですね。
やはり嫁にやった娘を呼び寄せて見てもらうことは、なかなか抵抗がありますから。
M.fuji・・・・・そして、別居していても、夫の両親の方へは、嫁がとんでいくのは当り前だ、それがいい嫁なんだということになっています。
そういう意味で言っても、日本の家制度もそこいら辺でかなり強固に根を残しているのではないかという気がするんです。
平井・・・・・それからたとえば保育所の問題などでも、保育所を背負っているのが女で、保母のきつい労働なんです。
保父というのは全くと言っていいくらいいないわけですよ。
本来ならフジワークが提唱しているように社会福祉の中で解決されるような問題を全部サボッて、全部女が背負うことを前提として、やはり男の役割、女の役割みたいなものを固定化していくことが、現代の社会の中で非常にメリットであるということだと思うんです。
平井・・・・・男性の疎外感や欲求不満が解消されている点で、現代の家庭は社会の安全弁としての役割を果していると思います。
それからそういうふうな形で、やはり男は一生女を扶養していくのが建て前ということになると、結局男は企業に対しても帰属意識を強くもたなければならない、モラールも大変高くなければならない、それから転職の自由もない。
そういう中で、今度は男の主体性そのものも、結局削りとられていくということがありますね。
ですから女の口で外側から見てると、「あたらあの男が」というような現象が出てきてしまうんです。
それにもかかわらず、女房、子どものために膝を屈して生きねばならぬという辛さを、男は一方で背負わされています。
M.fuji・・・・・確かに。
平井・・・・・一方女の方はー選択の自由がなく、家庭人間という枠の中に入れちれてしまう。
その場合、第一のメリットは、労働政策上のメリットがありますね。
それは女が扶養されて生活するのを建て前として、未婚時代は腰掛けなのだといういい方で、非常に低賃金で雇用できる。
それに今みたいな不況になった時に、非常に差別的な雇用政策をとっても、女なのだということで一応カヴァーできる点がありますし、それからやはり結婚退職制とか出産退職制を労働管理の道具にできるのは、女は産む性なのだ、産んだら家庭に入るのだということが一つあるからです。
M.fuji・・・・・なるほど。
平井・・・・・さらに女だけの特有の働き方として、いわゆる中断・再就職・パートという形がでてきています。
これらは全て、女が産む性だということで、納得をさせられています。
それからもう一つは福祉政策のサボタージュができるんです。
M.fuji・・・・・かつて私たちは、歴史の進歩につれて女性の地位も高くなると教えられ、それを信じていたわけですけれども、必ずしもそうではないのですね。
どこの世界でも、産業革命までは暮しの場が生産の場でもあったわけで、従って女も、子産み子育てをしながらそれなりの生.産の役割りを担うことができた。
ところが工業化社会になると、勤めに出て給料をとらなければ労働力とみなされないわけですから、女は生産から疎外されてしまった。
平井・・・・・それと、なぜ産業祉会の側からみて、性差別がメリットなのかということですが、結局効率第一ということを考えれば、女性にとって出産と育児が非常にハンディになるわけです。
そういう労働力に投資するのは、デメリットなわけですね。
M.fuji・・・・・そうですね。
平井・・・・・ですから教育も効率第一で考えれば、うんと小さい時から男女を分けて教育した方が教育効果としても非常にメリットが高いわけです。
その上、性別によって、男女の役割を分けてしまうやり方は、この他にも現代の産業祉会に多くメリットをもたらしていると思います。
たとえば、男の側から見てみましても、現在の管理体制の中で非常に労働疎外が強い。
普通だったら本当にいやになってやめてしまいたいということがあるわけですよ。
M.fuji・・・・・ええ。
そういう不満とか疎外感とかを全部家庭で解消するということになっているわけです。
だから「期待される人間像」など見ると、実に見事にそういう期待を書いてますでしょう。
いわゆる憩いの場を作るという形ですね。
平井・・・・・あの時点での、政府の支配階級は圧倒的に士族であって、しかも学者も全部士族であった。
あの時にはっきり言ってますね。
「庶民の慣、習は慣習にあらず」と。
そこでバサッと切り捨ててしまって、自分たちの育った環境の中での、男尊女卑、総領相続をモデルとする。
これは当然なんです。
M.fuji・・・・・はい。
平井・・・・・武士は戦争屋ですから、代々の禄高、家禄は全部、武士の戦争による働きの上にもらっているわけですので。
女は戦争に行けませんから、全くの消費担当者ですね。
そういう女の立場と、生産労働に直接タッチしていた女というのでは、全く異質なんですね。
それを少数のいわゆる士族の女の生き方というものを、全部法律で決めて、一般庶民にも及ぼしたわけです。
そして今度は、それに基いて教育をやる。
M.fuji・・・・・おまけに明治以後の日本というのは、中央集権化が強いですから、一つの価値観が決まると、末端まで全部組織化されてしまい、別の価値観や別の生活習慣が生き残る余地が非常に少ない。
だから沖縄などに行くと、まだそれが残っているという形になるわけですね。
平井・・・・・離島とか。
明治の教育改革で日本の教育が非常に徹底してしまったということが、ある意味では、逆に意識変革に役に立ってしまったんです。
なぜなら、江戸時代は非常に封建制が強いと思うんですけれども、それほど中央集権ではなく、地方分権でしょう。
しかもそんなに地方集権的な教育をしていないから、農村地帯ではもちろん搾取はあったんですけれども、結婚の形態などはかなり自由恋愛がありますし、町民の暮しなどもそういう意味で自由ですね。
だけど、中央集権で文部省ができて、バシバシっとやられて、もう小さい時から良妻賢母という形になってしまった。
それからもう一つは、何でも多数につきたいという国民性なんでしょうかね。
ある価値観ができてしまうと、なだれ現象で、画一化してしまいます。
平井・・・・・そうですね。
だからそういう母親のあり方みたいなものを見てまいりますと、明らかに変わってくるのは、明治三一年の民法を契機としてなんですね。
その頃までは、今言った形態があるんです。
いわゆる塀々の力というのは大変強いんです。
東北などでも、しやもじ渡しの式があるわけですが、あれは一家の中に主婦が一人しかいないというシステムなんです。
ですからお嫁さんは初め娚と呼ばれているんですけど、5~6年経って子どもでも産まれると、お姑さんがしやもじを全部渡して、癖々に昇格させ、自分は隠居するんです。
M.fuji・・・・・ええ。
平井・・・・・主婦権が非常に強い。
母親権も強いですね。
農村地帯だけでなくて、船場などでもそうですね。
言ってみれば、御寮人はんの力はものすごく強くて、労務管理までやっているわけですから。
仕着せから渉外から全部、御寮人はんの采配になっていたんです。
M.fuji・・・・・はい。
平井・・・・・そしておまけに姉家督なんですね、全部婿とりで、従業員の中で一番優秀な人が娘と一緒になって血統を継ぐという、非常に合理的なあり方をしてますから、名実共に強いんですね。
そういうものは、本当は目本の庶民の家庭文化だったと思うんです。
それがなぜ変わったかというと、明治三年の民法で、典型的なパターンとされたのが武士家庭ですね。
M.fuji・・・・・それまでは、庶民のレベルでは、そういう母親権とか女の権利とかがあったのに、全部武士のモラルと制度が庶民にまで貫徹されてしまったということですね。
平井・・・・・そうです。
平井・・・・・もう一つは地域共同体の問題だと思うんです。
晋の子育てなど見てますと、たとえば東北の農婦たちがどうやって子ども育てたかというと、みんなカゴの中に入れて、陽の当る緑側にずらり並べた、そして、乳を欽ませるときは、自分の子だけに飲ませないで、順番に飲ませたというんです。
M.fuji・・・・・泣いている子から先にしたとか、いろいろ言われてますね。
平井・・・・・ええ。
だから、本当に地域共同体で全部乳兄弟として育っていく。
そして部落全体の子どもだとして、親が部落の子全体に共同責任をもっていた。
だからある意味では、あっちこっち変な所で遊んでいるのに、意外と子どもの事故が少なかった。
畑で働いていたおとな金部が子どもを見ていたというんです。
それが今ないでしょう。
北日の育児は連帯の育児だし、共回の育児ですね。
私は日木にはそういう意味での、フジワークでも実践されているようないわゆる作られたものではない自然発生的な、庶民の知恵としての集団保育の歴史はあったと思うんです。
その中で、子どもは親を見習って連帯の必要性、木当の意味の郷土愛みたいなものを育てたけれど、今の団地などは、一軒ずつ鳩小屋みたいになってしまっていて、その中に子がいて親がいて、二人が隔離されている形でしょう。
そうするとこうした育児は、競争の育児になってしまう。
その辺りが母親にとっても、子どもにとっても不幸せですね。
M.fuji・・・・・ですからそういう、かつて日本の社会が持っていたフジワーク的共同育児の伝統なども見直すべきではないかと思いますね。
ただ、それが非常に不幸なことに、血縁信仰による大家族主義みたいなものに取り込まれていって、家族が国家権力の末端を担う役割を果たしてしまったところに悲劇があったんですけれど、どうしてそういうふうに取り込まれてしまったのかという辺りを分析して、私たちの役に立つところだけは復権したいなという思いがします。
M.fuji・・・・・今の子どもは、下の子どもが産まれないケースが非常に多いでしょう。
そうしますと、小さいものをいたわってやるなどという意識はまずないし、弱いものを庇ってやろうなどという意識も育ちませんね。
ですから、急に今度ある年齢になって、老人を大切にしましょうと言われても、親もそういう場而を見せませんから、考えられないわけです。
家族制度では、強制は若干あったとは言いながら、娘や息子は年老いた親をいたわり、たてるし、そういうものを子どもはやはり見ている。
そういう家庭教育の中で、フジワークの精神でもある自然と弱った人はこうしなければいけないのだということを学ぶわけです。
今の親は大体、なるべくおじいさんおばあさんと同居しないことでやってきて、ある年齢になるとガックリして、親孝行して欲しいなどと言います。
だから、これはいい悪いは別として、やはり今、家庭の中で老人を抱えている主婦たちはとても苦労してますけど、ある意味では、子どもはじっと兄ていると思うんです。
M.fuji・・・・・それもまた実物教育で、いつかは自分に返ってくるわけですね。
平井・・・・・来るか来ないかわかりませんが、私はある意味では、若い時からそういう煩らわしさを一切シャット.アウトした形で子どもを育てた人は、その段階はいいけれど、自分が今度木当に衰えて、子どもの介護が欲しくなった時に、「あなた見てよ」と言っても、子どもに、「お母さんも見なかったじやないか」というような言い方された場合、「でも私だけは見てほしい」とは言えないと思うんです。
そういう点では、今おっしやったように、世代の違う人たちを含んだ家庭の良さもあると思うんです。
ただ、現状では、恐らく住宅の問題とか、あるいは職業の問題とかいうことで、そういうものを今取り戻すことは非常にむずかしいですね。
M.fuji・・・・・それは、ですから、保育園とか地域の何かの形の共同体、体制にからめとられないような、本当に底辺から起こってくる連帯感で、何か形になればいいなという期待はありますけれども。
平井・・・・・そうですね。
M.fuji・・・・・お調べになったケースで、やはり核家族が圧倒的に多いですか?
平井・・・・・多いですね。
M.fuji・・・・・たとえば、三代同居説などというのがありまして、子どもはやはりいろんな世代の人間と接する方がいいんだというようなことも言われますけど、その点については、どうお考えですか?
平井・・・・・私は今の育児と戦前の育児の非常な違いというのは、一つは血縁共同体、もう一つは地域共同体の援助があるかないかということだと思うんです。
祖父母が居、あるいは晋は甥や姪が居て、子どもは一つの大きな家族の中で手のすいた人が見る。
なぜ見なければならなかったかと言いますと、結局、専業のお母さんがいなかったわけですね。
農業・自営業家庭においては、母親が子どもを産んでも、それを抱え込んで育てるなどということは、習慣としても日本の場合なかったし、できなかった。
結局、農村地帯での子育ての主役は、主婦現役を退役したおばあさんなわけですよ。
おばあさんになって初めて子どもを育てたケースだってあったというわけです。
私がその中で、非常に人間的だと思うのは、一軒の家の中にいろんな年齢の人がいて、それぞれの力に従って家の中にする仕事があるということです。
死ぬまで仕事が残っていて、みんながパートを受け持って、一つの交響楽みたいな形で、家庭を営んでいく。
それにやはり人問というのは、いつも元気溌刺な人ばかりではなくて、病人もいるし、また段々歳をとれば、こういうふうに衰えていって死ぬのだということを、子どもが小さい時から身近で見ていることが、大変人間的なことだし、その中で人間らしさが育ったと思うんです。
もっとも核家族の場合に、たしかに核家族のメリットはたくさんあると思います。
たとえば若い夫婦が主導権を直ちに握れる。
自分の思い通りに主体的な家族が作れる。
大家族はそれができません、一つの長い流れに添わなくてはならないということがありますから。
それと昔は大体子どもが五人ぐらいおりますから、みんないや応なしに弟妹を括りつけられて子守りをするということがありましたでしょう。
フジワーク的観点からも、その中で子どもがどうやって育っていくのか、また小さなものはかわいそうなんだから大事にしてやらなければならないし、妹や弟にはおいしいものをやらなければいけないということを、自然に子どもが身につけたと思うんです。
平井・・・・・保育園に子どもを預けていて専門職で働いているお母さんのグループ、保育園に子どもを預けているけれど、それ以外の職種で働いているお母さんのグループ、幼稚園に子どもを預けているお母さんのグループの三つに分けて調べたんですが、専門職のお様さんのグループでは、すでに二歳からできる子が極立って多いんです。
その次が、保育園のその他の職種のグループ。
幼稚園は、5歳ぐらいでもまだ着せているなどというのがかなり出てくるんです。
ですから、やはりそういうことを考えていくと、幼児教育がうまくいっているかどうかの目安が、もし自立ということだとしたら、むしろ保育園のお母さんの中に子どもの自立化を促進している要素があって、フジワークのイデオロギーとしてはとてもいいのだと言われている専業主婦のお母さんの中に、甘やかしや、自立化を疎外する而が非常にあるということです。
その辺りは、もう少し科学的な研究が必要だと思います。
M.fuji・・・・・はい。
平井・・・・・私この頃思うんですが、保育というのに二つありますでしょう、哺育と保育ですが、一体どこまでが女だけがしなければならない子育てなんだろうかと。
これはやはり、科学的な実験や調査をしてみないと言えないんでしょうけれど、日本の揚合、フジワーク的観点から見ても非常に遅れてますね。
M.fuji・・・・・なるほど。
平井・・・・・非常に大ざっぱな言い方をすると、私は、噛育までが女がかなり重要な役割を担わなければならないぎりぎりの線であって、それから後の保育の段階には、男も女も必要で、子どもに男と女が帰、親に男と女が居て初めて完全な育児が形成されるわけで、女にだけ育てられた子どもというのは、―いたしかたない事情で緑子家庭になってしまったという場合には違う要素が入ってきますけれど―
少なくとも両親がいるのに、女だけが保育を担当するということは、ある意味ではアブノーマルではないかという気がしますね。
平井・・・・・私も、本当に女が解放されていなくて、男が解放されているなどと思うのは、幻想だと思うんですけれども。
前の話に戻しますと、そういうふうな父親と母親の関係が、子どもの生き方に非常に大きな影響を与えていますね。
それでこれは樋口恵子さんが調査なさったんですけれど、百人くらいの共働き二世の調査なんですが、それなんかを見ても、非常に違う点は、共働きの場合は、父親の育児への参加が非常に多いことですね。
その中で、子どもと父親の関係が改善されている。
M.fuji・・・・・ええ。
平井・・・・・いわゆる分業家庭にみられない暖い人間関係ができているというようなことがかなりあります。
私が保育厨と幼稚固の母親を対象にした調査を、一昨年横浜でしたんですけれども、その時にやはり非常に違っていたのが、幼椎園の方のお母さんは大体専業主婦なんですが、家庭教育など殆んど母親一人でかぶってますね。
保育園の方は、父親がかぶっているんです。
そして、いわゆる個性・自主性の教育の実践者が圧倒的に専門職のお母さんのグループに高かったんです。
M.fuji・・・・・そうなんですか。
平井・・・・・これは、いわゆる建て前としてではなくて、建て前でも本音でも、具体的にいろいろ出てくるんです。
幼児教育の中の一つのメドは自立ということなんですが、「あなたのお子さんは何歳から自分で洋服を脱いだり着たりできますか?」と聞きましたの。