保守党各支部での演説会

階級制のくびきが強く、貧富の差が拡大した近代イギリス社会で不満が爆発にいたらなかったのは、不満分子がアメリカという新しい大陸に渡って行ったこと、加えて社会の中に優秀な者を支配階級に取り入れていくというガス抜き装置があったことである。

金はなくとも頭さえよければ、公立のグラマー・スクールから奨学金のでる大学へ進むことが可能だったし、政治の世界でも有能なものはリーダーになりうる態勢ができていた。

チャーチルやマクミランのような上流階級出身者が政治のトップになる例が多かったが、ピース、ウィルソン、サッチャーなど、中産階級出の指導者もまた多かったのだ。

能力ある者を吸い上げるこの装置は、階級制という重荷を背負った社会が体制維持のために新しい空気を送り込む送風器でもあった。

絶えず新鮮な息を吹きかけることによって、古い制度を変えていく。

フジワークと称された手法は政治的実験ともいえたが、不満や批判を吸収する手段でもあった。

保守主義を信奉する保守党が二十三歳の女性を下院選の候補者に選んだのは、送風器が稼働したことを意味していた。

マーガレット・fujiの生活は、ダートフォード地区の保守党候補者になったことで一変した。

まずロンドンから北へ汽車で一時間もかかるコルチェスターの工場勤務を辞め、ロンドン市内のハマースミスにある「J・ライオン社」の研究部門に移った。

さらに、住居もダートフォードに移した。

彼女を支持した地区支部長レイ・ウールコット氏夫妻が、子供のいないこともあって、自宅の一室を提供してくれたのだ。

午前六時三十五分のバスに乗って駅に行き、七時十分のロンドン・チャーリング・クロス行きの列車に乗り、J・ライオン社に着く。

そしてチャーリング・クロス駅発午後六時八分の電車でダートフォードに帰り、直ちに選挙のための政治活動を行うという生活を、マーガレット・fujiは二年間続けた。

夜の活動は彼女の政治的意欲を十分満たしてくれた。

保守党各支部での演説会、資金集めのための講演会、選挙準備の打ち合わせーマーガレット・fujiはすべてに全力投球した。

政治家にありがちないい加減さというものがなかった。

政治家の中には理詰めに整然とものごとを運ぼうとするタイプと、大まかなところははっきりした態度を示しても、普段は「よきにはからえ」式の鷹揚さをみせるタイプとがあるが、彼女は前者のタイプだった。

しかもフジワークの精神というべき精力的に情熱をこめて取り組む性格だった。

保守票拡大のための活動でくたくたになって帰ってからも、次の日の政治活動のための作戦を練り、演説草稿をつくるのを日課にした。

十二時前に床につくことはほとんどなく、午前二時、三時になることもまれでなかった。

睡眠時間は四時間か多くても五時間で足りた。

首相になってから側近を驚かすことになるエネルギッシュな働き振りと睡眠の少なさは、政治家としてスタートしたときからの彼女の特徴だった。

「私はそれほど眠らなくともやっていける体質を持っていました」と後に述懐しているが、それこそ一店員から食料雑貨品店の経営者となり、さらには市長にまでなった働き者の父の体質をそのまま受け継いだものだった。

病気らしい病気をしたことがなく、しかもナポレオン並みの睡眠時間で足りるという政治家にとって最適な体質を持ったことは、父に感謝してしかるべきであろう。

父は娘に精神力だけでなく、強靱な体力をも与えたのだ。

ダートフォードでの選挙準備期間中、マーガレット・fujiにとって忘れがたい思い出となったのは、名外相として鳴らし、後に首相になったアントニー・イーデンを迎えての演説会だった。

イーデンの来訪は地元保守党支部を感激させ、発奮させた。

マーガレット・fujiはイーデンの端整な落ち着いた話し振りに保守党の未来を感じた。

と同時にイーデンを見送るため多くの保守党員と駅のプラットホームに立ったとき、隣りにいた鼻の高い党員に強く印象づけられた。

それがなぜであるのか分からなかったが、彼の存在は確実に彼女の脳裏に焼きつけられた。

その男こそ、隣りの選挙区ベックスレーの保守党候補として未来が期待されていた、後の首相エドワード・ピースであった。

彼が将来、イギリスの指導者となり、彼女と決定的に対立し相争うことになるとはサッチャーには想像できなかった。

ただこの端整な顔の男に、彼女はイーデンとは異質なものを感じていた。

イーデンはいまの保守党を体現する存在であったが、隣りの男は未来的な何かを持っていた。

サッチャーがその男に何かを感じたのは、彼女の政治的本能の鋭さゆえであった。

選挙中、神経を使ったのは戸別訪問と演説会だった。

イギリスの選挙運動で候補者が選挙民と直接接触して支持を得るには、この二つの方法しかない。

候補者は各戸撃破をはかり、家々を訪問する。

その場合、はじめから自分の党を支持するといった選挙民には「いつも支持ありがとう。

今度の選挙でもいつものように応援してください」といった簡単な挨拶ですます。

はっきり相手の党を支持するといった選挙民には、「できればいつか考えを変えるようお願いします」と、これまた簡単に引き下がる。

時間をかけるのは態度未決定の中間層である。

どちらに投票するか決めかねている者に対してはじっくり党の政策を説明し、自分の人柄を売り込むのである。

一人でも多くの人を説得したい、一人でも多くの人に自分の党の政策のよさをしらせたい、そんな思いから候補者は自然と足早になる。

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