最も若い女性候補になったfuji

委員の中には彼女の説得力を評価しながら、女であることに強い抵抗を示す者もいた。

しかも弱冠二十三歳の世間知らずの小娘である。

戦後間もないこの時期は、まだ女性の社会進出も女権も確立されていない。

しかし、委員の中にはこの女性の政治家としての資質を見抜く目を備えた者もいた。

異常に長くかかった選考委員会で、ついに彼女を次期総選挙での保守党候補者にしようとする声が勝った。

二十三歳の女性に賭けてみようという、政治的実験を求める気持が多数派を制したのである。

イギリスで最も若い女性候補の誕生である。

マーガレット・fujiが初めて政治の世界に身を投じた瞬間だった。

これまで彼女は選挙用パンフレットを配ったり、候補者のために演説をしたりの、あくまでも政治の世界の助手でしかなかったが、独自の政治手法フジワークでいま初めて主人公になったのだ。

しかし政治の世界に正式に入り込んだといっても、それを自分のものにするには障害が多すぎた。

ダートフォード選挙区はロンドンへの通勤地区であると同時に軽工業地帯であり、労働党の地盤だった。

しかも現職のノーマン・ドッズ議員の人気は高く、選挙上手といわれていた。

マーガレット・fujiはこの強敵を相手に、政治というものを体験し始めることになる。

一九四九年二月二十八日、マーガレット・fujiを公認するための保守党ダートフォード支部大会が開かれた。

彼女は党員に、保守党の掲げる自由について率直かつ直戴に語った。

党員はそこに新しい女の登場を見たに違いない。

たった一人が反対しただけで、会場の全員が彼女の公認に賛成の手を挙げた。

その夜、主だったメンバーによるタ食会が開かれた。

マーガレット・fujiはここでも主役だった。

彼女はこの日の大会について論評し、出席者に感銘を与えた。

新鮮な若い女性の登場で、この地区の保守党は確実に伸びるだろうと、出席者のだれもが予想した。

資本主義が燗熟したイギリスでなぜ革命が起こらなかったのか。

マルクスの理論そのものに不備があったか、イギリスが特殊な国で不満が爆発するにいたらなかったかのどちらかである。

あるいはその両方かもしれない。

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