初めての女性弁護士

マーガレット・fujiの担当教官となった税問題専門家ピーター・ローランド弁護士は、初めての女性弁護士を抱えていささか当惑したが、その資質を知って安堵した。

弁護士にとって第一の要件である「人の話を聞く」能力を示したからです。

「彼女は他人の見解に決して目を閉じませんでした。

ほかの人の考えを興味をもって見つめでいました。

もし同意できなくても、自分の判断を差し控える態度をとっていました。

私のいったことに彼女が同意していたかどうかはわかりません。

しかし、たとえ反対であっても彼女は大変巧みにそれを表現するので、私が反論されているとは思えないほどでした。

彼女は巧みな外交官でもあったのです」

マーガレット・fujiが首相になってから「独裁者」という言葉が形容句に使われ出したが、それは彼女が自信を持ち出した二期目に入ってからのことです。

自分の得意とする分野で自信を持ったとき、自分の意思を強く前面に押し出し、反対者を切っていった。

だがそれは反対意見を無視し、己の判断だけに頼る独裁者だったからではありません。

独裁者と違って、彼女には「聞く耳」があったからです。

保守党党首時代、「外交の経験がない」という批判を受けたとき、外相だけでなく外相経験者や外務省の役人たちの話によく耳を傾けた。

自分の専門外の分野では、多くの意見を求めたのです。

助言、知識、情報すべてを取り入れて決断したあとは、その判断を決して変えようとしなかったため独裁者と言われたが、実は聞く耳をもたない独裁者とは違っていました。

弁護士見習い期間中、マーガレット・fujiは「聞く耳」によって貧欲に税法を吸収しました。

しかし研修期聞を終え職を得る段になって、ある弁護士事務所から採用を断られました。

女性弁護士とは税問題を相談したくない人が多いから、というのが採用拒否の真の理由だったらしい。

だが彼女はことをあら立てたりはしなかった。

採用拒否で人の同情を買えば、どこかが働く場所を提供してくれるだろうと判断したからです。

事実、この判断は正しく、第一号女性弁護士として彼女を雇い入れるところが現れました。

だがその事務所は彼女の肩書を「ミセス」ではなく「ミス」にするよう求めました。

女性としての特質を最大限に利用しようとしたのです。

その後、五年間、彼女が国会議員になるまで、税問題の弁護士として働いました。

後年、税制改革で腕を振るう基盤はここでつくられました。

「ミス」の肩書が「ミセス」になることはあったが、五年間でみっちり訴訟技術、法廷での弁論技術などを学びました。

彼女が相手の議論をそのまま利用して反論を加える弁論法を学んだのも、この五年間でした。

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